ぴーこのあれこれ

もう2月・・・

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もう2月、何もしなくても日々は過ぎていく。
夫83歳、元気だけれど老いが進んでいるなと気付く。少し背中が曲がってきた。
「背中が曲がってきたわよ。気を付けて・・・」なんて見て見ぬふりもできるけれど
長年の何とやら・・・かしらね。相当忍耐させられたのにね。すったもんだもあったけれど
取りあえずここまで生きてきた。残り時間は分からない。どちらが先かも分からない。
でもどちらが先でも不便よね。相互扶助っていうの? いつの間にか分担が決まっている。

もうここまで生きてしまった、と言うこともできるし、まだ90歳までは間があるじゃないの、
と思ったり。だって、90歳の友人が何人もいる。彼女たちは特別元気なのかもしれないけれど。
駅周辺、街中で見かける人たちは生きる喜びに満ち溢れているように見える。
その喧騒に身を置いていると私もエネルギーを貰えるような気がする。だから外が好き!
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◆No title

そう、私も若い人の中にいるのが好きですね(もうこれは終わりましたけど)。生きるエネルギーって「空気伝染?」するんです。さらに目からもいただけるエネルギーなので、テレビ番組で若い人を視たり、孫など子どもを見るのも有効ですね。
昔新潟の吉田町でしたかね、実際に訪ねたことがあります。老人ホームのとなりに幼稚園があり、これは町が意図的にそうしたのだとか。境界の生け垣が低くしてあり、高齢者が毎日横一列になって幼児たちのはしゃぐ姿を見ているのだとか。上記と同じ配慮でした。老人たち、笑顔だらけでしたよ。
「高齢者収容所」みたいになりがちな施設は、仕方がないのでしょうが、あまり好きではありません。
80歳の人から見ると70歳の私は「若い人」なのでしょうか(^^♪

◆90歳

我が家のご近所様、、90を超えても畑仕事、
80歳くらいでは、遊ばせてもらえないのだと、、元気なものです。

世の中が合理主義に走って、、かつて夢だったモノが身近になって、
でも、何だか寂しいのです。

暮らす人の顔に、夢が見えなくなっているようです。
彼等が ” 夢 ” の言葉を使う時、お金、時間、ブランドの品物、、ばかり、

人を信じたり、優しさに涙したり、、そんな夢、、ってドコかへ姿を変えて隠れてしまった様なのです。

我々世代は、、知っているのにねぇ。

◆No title

>蛙声爺さん

コメントありがとうございます。
若い人の発するエネルギー、幼い子供たちの無心な好奇心、行動
に生きる喜びを感じ、私も生きていると実感するのです。
エレベーターなどで乗り合わせた小さな子供、赤ちゃんとふと目が合って
こちらも頬が緩んでしまいます。よく目が合うんですよね。ほんと可愛いです。
70歳の蛙声爺さんは私から見たらまだまだお若いです。
その頃はわたし、今のうち今の内と夢中で行動していたと思います。

◆No title

>フゥーさん

コメントありがとうございます。
都会にも元気で一人暮らしをしている人が多くなったようです。
特別なことをしているわけではないのに、いつの間にかこの歳になっていたわ、と言うのです。そんな人は幸せですね。なかなかそうはいかないと思いますが。
現代人の”夢”って、それこそ夢がなくなったのでしょうか。
本当の意味での夢、憧れ、希望、信頼、優しさなどは姿を変えてしまったのでしょうか。

◆No title

私も自分の年を数えることが多くなりました
自分がまさにタイムリーな時代に活躍した、たくさんの夢を与えてくれた有名人が亡くなったりすると
ああ…時代は終わったなあと自分の年齢を重ねてしまいます
でも、百歳を過ぎても現役で活躍してる方がいっぱいいて、まだまだと思ったりもします
ぴーこさんはご自分の若さに気づいていらっしゃらないんじゃないですか
行動的でとっても魅力的です
私の人生の指針になっています…ღ'ᴗ'ღ

◆No title

>timeさん

コメントありがとうございます。今日は寒かったですね。
人生の指針だなんてお恥ずかしいです。ただがむしゃらに生きていますが、
何の根拠もありません。
本当に最近相次いで有名人が亡くなっていますね。
それこそ私より少し上の方々で淋しい限りです。
わたし、70代半ばごろまではデジカメ持参で夢中で出歩いていました。
今思えばできることをやっておいてよかったと思っています。

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やはり、何か言いたくて・・・おばあちゃんですが・・・

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