ぴーこのあれこれ

群れない

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22日付け朝日新聞に 蛭子能収さんの記事が出ていた。
”群れない 自由が一番”とある。のほほんとした表情の中に本音をちらり、でも憎まれない。
また、一人で平気、好きなことがあれば・・・と。夫が言った。わたしにそっくりだそうだ。
いえ、私が似ているのだろう。

どうして群れたがるのか。「自分が本当に好きなことは何か」を分かっていないからではないか、と。
私もそう思う。今、杖になって電車に乗っている時間が最高! と思うけど、ほとんどの友人は
電車は移動手段だと言う。またタクシーに乗ってでも行きたいところには行く。これが理解できないらしい。
よく一人でタクシーに乗れるわね、と言う人もいる。そんなの関係ない。自分が好きなことだったら、火の中、水の中である。
だからこれまでの行動に後悔はない。こころの財産になっている。
それからもう一つ。「一人だけど一人じゃない感覚に浸る」とある。そうなのよ。だって私、人ごみや雑踏が大好きだもの。
この感覚、最高!
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◆No title

初めまして。
では無いかも。のん子さんのブログでお名前拝見していますもの。
違っていたらごめんなさいね。

「群れない」今日の記事に共感しました
私も同じくです。
旅行だって気が合わない人や気を使う人と行くなら
一人で行く方が良いと思って居ます。
一人でしたい事をして行きたい所へ行く。良いですよね。
でも仲良しと群れて楽しむのも好きです。

◆共通の目的がない限り、一人が一番

 ぴーこさんのおっしゃる通り。
確たる目的もなく、考えもなく、疎外感が怖くて群れる。
いわゆる、烏合の衆。
考えを持たない”人”たちは、群れていれば楽だということもあるでしょう。

生き方とか、考え方に自信がないのですね。
きちんとした考え持つぴーこさん、
これからも信念をもって生きてください。

◆No title

>あざみさん

お久しぶりです。コメントありがとうございます。
わたしも、一人もいいですが気の合う友人と行動するのも好きです。
お陰様で結構お誘いもあって楽しんでいます。せっかくの時間ですから
有意義に過ごしたいですね。

あざみさん、のん子さんはまだまだお若いから、これからランキングも楽しみですね。応援しています。わたしは、歳のせいか根気も体力もなくなりました。ぼちぼち書きますので宜しくお願いします。

◆群れない

私も一人行動が好きです。
買い物、映画、美術展など、一人が多いです。
最近は足の衰えから一人のほうががマイペースで行動できますから
一層一人が好きになりました。
中国へも一人で行きました(一度で懲りましたが)

自分が好きなことだったら、火の中、水の中である。>
さて、私はぴーこさんのようにここまでできるかは???

都会の雑踏に身を任せる心地よさは分かるような気が致します。

◆No title

>ジャコさん

ありがとうございます。
いつも誰かと群れていて、一人で行動できない人いますよね。
めんどくさくないのかしら? 自信がないのかしら? ごくろうさんって思います。
また「一人だけど一人じゃない感覚」って好きなのです。他人の中の自分を認める、そして浸る、ですから都心が好きなのかもしれません。

◆No title

>Reiさん

Reiさんも一人がお好きなのですね。加齢により体力の差もあってますますそう思うようになりました。
火の中、水の中、結構危ない橋を渡ったこともありましたが、いまは良い思い出です。{笑}
雑踏に身を任せる心地よさ、お判りでしょう? 他人の中の自分って楽ですし解放感がありますもの。もう遠出できなくなって残念です。

◆No title

ぴーこさんは「都会っ子」
それも、生粋の!
田舎もんは田植えがあるので、群れなきゃ、命とり。
都会っ子は自由。
私もひとり行動がほとんど。友人に世間話の出来ない人、結構いる。私はできるよ。
この頃群れて、バカ話するのもアリかなって思うようになった。
側に気の合う人がいなくなって、温もりが欲しくなってきたの。
月に一、二度、お茶会してる。そろそろ、飽きてきたけど、、、、、。

他人の陰口、ふつーに話せる人、羨ましい。

◆No title

>やまあらしさん

やはり一人で思うまま行動して、たまに気の合う友人と会うのが一番いいみたいですね。友達たちも殆ど80代半ばになり、それぞれの事情で今までのように頻繁に会うことができなくなりました。
ですからそんな機会を最優先にしています。やはり会えるときに会える人とでしょうか。
これまで割にわが道を行く、でしたが加齢によりだんだん難しくなってきました。

◆No title

>dowさん

群れる勇気。群れない勇気、たしかにそうですね。
これまで自分なりに取捨選択してさまざまな場面を生きてきました。
すべて無駄にはなっていないし面白かったです。
人生、楽しかったというよりも面白かったの方が私は好きです。
他人の中にいると、そんな自分を客観視することができるように思うのです。ですから雑踏が好きなのでしょう。
追伸・・・・・・?

◆らしく

早とちりと気づきました。

ぴーこさんらしくあれば、どちらも宜しいのです。

ぴーこさんの” 群れる ”のイメージを誤解していたようです。
「主体性が無く、追随するだけでは、、」の意味だったのですね。
最近、若い方達の不自由さ聞いておりまして、「群れなければ生きてゆけない辛さもあるのだ」と、、
仕事や友人関係でネットやメールの束縛。
自分ひとり、外れるわけにはゆかないなど、、

考えてみれば、我等この年齢になりまして、幸せ!
群れないでも楽しくやれるのですから、、
先が短いから不幸では?と若者は言うのですが、、なんの!!先が短ければ”予定が立てやすい”のです。

我々バイク乗りは山に向かうのに”一人は厳禁”と伝えております。
事故やアクシデントで帰宅できないのは”無責任だから”と、

しかし、仲間と走っていても、自分のバイクのコントロールは自分でしかできません。同じ坂、登れるも登れないも、、いや、登らない自由さえあります。

いつも自分らしく、、しかし、仲間のためにできる事はスル。
結局のところ、、群れてみえても”ひとり”なのでしょう。

出かけ間際の雑な文章で申し訳アリマセン。
まずは、お詫びと、急ぎ改めました。

◆No title

>dowさん

ご丁寧にありがとうございます。
たしかに複雑な社会になり若い人たちは大変ですね。群れたくなくても外れることはできないなど、わたし、こんな世の中、自信がありません。
先は短いですが、ここまで何とか生きてこられて幸せに思います。
若い人たちは、これからどんな困難が待ちかまえているか分かりませんものね。生きる時代を選ぶことはできませんが、時代に合わせて頑張るしかありませんね。 
残りの時間を細々と生きてゆくつもりです。

◆No title

結論、人それぞれで良いと思っています。

私は若い頃は群れるのはキライでした。
老人会に入ってボランティア活動らしきものに関わってからは、この催しは○○さんをお誘いしたら、このコンサートは○○さんに向いているのではないだろうかとか考えるようになりました。

二人で行くと二分の一、三人で行くと三分の一しか自分の主張が出来なくても感謝して頂けると、お釣りを貰えた気分になれることも。
勿論、基本的に常識のある方に限りますけどね(^^ゞ

◆No title

>のん子さん

のん子さんらしく、さっぱりしたコメントです。
わたしは、あくまでも自分の意見であって、人それぞれと思っています。
たまたま蛭子能収さんの記事を読んだので書きましたが、人柄が面白いと思いました。
のん子さんは老人会で活躍していらっしゃるから、お優しいですね。
もちろん私も友人を大切に思っていますし十分楽しんでいますよ。

◆No title

夫婦揃って群れないというのは我がも同様です。だから、二人とも修学旅行でしか行ったことのない宮崎への移住が可能だったのです。
ところで、群れない男ばかりが群れている場所というのもあります。
それは、アーチェリークラブ。とくにベアボウ(照準器なし)の連中です。
たしかに集まってはいるけど、自分流に黙々と射る。
一人で射場は持てませんからね。みんな和弓嫌い。的に当たるかどうかをそっちのけにして、礼儀作法と規律、射形だけ重視するから。
日本の高校には弓道部はほとんどあるが、アーチェリー部は少ない。和弓にしか補助金がでないから。ベアボウはオリンピック種目にもない。だから競技人口は減少の一途。今や私は九州唯一のベアボウ射手らしいです。

コメントを口実に勝手なことを書きました。

◆No title

>宮崎オヤジさん

私の知らないことを教えていただきました。
たしか諫早高校にも弓道部はあったと思います。かっこいいなと思ってみていました。
今はアーチェリーなのですね。  群れているようで群れていない、そんな場面も確かにありますね。蛭子さんも一人で競艇に出かけるようですが、群れていても一人の心地よさでしょうか。
わたしも「一人だけど一人じゃない感覚」が心地いいです。
コメントありがとうございました。          

◆Y

宿題は片付きましたでしょうか?
出来栄えが気になります。

◆No title

>dowさん

大したことは書けませんが、
「古典は何か特別な世界があると思っていたのですが、人間の本性・思考、感覚、行動は現代人と全く変わらないということが分かりました」
とざっとこんなことを書きました。
あとは書き言葉と話し言葉が一致したのは明治時代から大正時代にかけてだということを調べて書きました。
難しかったです。くたびれました・・・・・{笑}

◆宿題2

漱石や芥川がヨーロッパや中国の古典を題材にして、、やはり”ヒト、についてかいております。未だに気にかかるのは”藪の中”作中人物の証言が異なり、ソレに作者のどんな意図が含まれているのか?

現在よりも、ヒト、の比重が重かった時代、、
古典の世界も面白いかもしれませんね。

◆No title

>dowさん

「藪の中」 タイトルそのものが作品を暗示しているように思います。当然ですが、凄いですね。
さすが、芥川作品ですね。

古典も読み込んでいくと色々な発見があり ヒト は現代人と全く変わっていないと感じました。人間関係はより密だったかもしれません。
暇があれば読みたいですが、もう今からでは間に合いそうにありません。

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やはり、何か言いたくて・・・おばあちゃんですが・・・

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